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冒険少年――1



 母が消えた日の朝、父を中心に歪んだ風景が見えた気がした。
 午前七時十五分。ノックの音で目が覚めた。いつになく強くドアを叩く音だった。ドアに鍵はかけていない。ベッド降りる前に、ドアが勢いよく開き、姉の真帆が飛び込んできた。
「たいへん、母さんがいなくなった」
 切迫した顔で叫ぶように言った。まだパジャマ姿だった。美帆もおきたばかりなのだ。
 七月の半ば過ぎ、ようやく梅雨も開け、これから本格的に夏が始まろうという、まさにそのときだ。
 それが全てのはじまりだった。
 矢上家で一番最初に目を覚ますのは母親だった。次に父親が目を覚ます。それから長女の美帆。末っ子の俊哉は一番最後に目を覚ます。美帆がおこしにこなければ、まだ眠っていただろう。いつもぎりぎりに目を覚まし、朝食もろくにとらず、学校に出かけていく。
 しかし、おふくろがいなくなった――どういうことだ。目を覚ましたばかりで、状況が飲み込めなかった。頭の三分の二は、まだ眠りを引きずっている。
「わからねえよ、説明してくれ」
「お母さんが消えたのよ!」
 美帆はほとんど怒鳴っていた。
 それでも一応、説明をはじめた。
 美帆はいつものように午前七時に目を覚ましリビングに行った。父の直樹がひとりで新聞を読んでいた。微かな違和感を覚えた。何かが違う。しかし、なにがおかしいのかわからなかった。
「お母さんは?」
 その言葉が自然に出たとき、はっとした。
 母親の姿がなかった。
「お母さんはいない」
 直樹は新聞に目を向けたままで答えた。
 美帆は父の言葉の意味がわからなかった。
「いないって、どういうこと?」
「いなくなった」
 直樹は新聞を見つめたまま、美帆を見ようともしなかった。
 美帆は頭が真っ白になった。父親がなにを言っているのかまったくわからなかった。もう一度、父に話しかけようとしたが、やめた。これ以上なにを訊いても無駄だと思ったのだ。本当に母がいなくなったのか、自分の目で確かめるために、母の寝室に向った。両親はもう何年も前から、寝室を別にしていた。

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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学


小説作法の読み方……え?

 特に野心があるわけではないが、いわゆる小説作法の類、それからシナリオの書き方的な本はかなり読んだと思う。この手の本はたぶん「いつかぼくも(あるいはわたしも)小説のひとつも書いてやる」とか「もの凄いシナリオをものして、テレビドラマの世界を席巻してやるぜ(あるいは席巻してやるわ)」と思う人が読むものだと思う。

 しかし、そういう野心がない人――小説もシナリオもこりゃ最初から読むもの(もしくはドラマになったものを見るもの)と割り切っている人でも、読んでそんにはならない(と、思いますがどんなものでしょう)。あれは読み物として結構面白い。嘘だと思うなら、騙されたと思って、さあどうぞどうぞ――。

 筒井康隆さんの『乱調文学大辞典』と一緒になっている『あなたも流行作家になれる』なんか本当に面白い。あのとおりにしたからといって、とても流行作家になれるとは思えないが――なれる人もいるかもしれないが、そういった人はたぶんそんなものを読まなくても最初からなれる人だという気がするのだが、とにかく面白かった。たしか筒井康隆さんは、ポプラ社から出した「SF入門」という本でも小説執筆の勧めみたいなことを書いていた。子供向けの本だがこれも面白い。

 誰のエッセイだったか忘れたが、そもそもこの種の『××すると△△になれる』的な本の著者に、超一流の人はいないと書いていたのを読んだことがある。筒井康隆さんも同じことを書いていた。流行作家にいま一歩及ばず(書いた当時)、嗚呼あのときああしておけば一流になれたものをと後悔の臍の緒を噛み切っているからこそ書ける――と、そう書いていた。「後悔の臍の緒云々――」という言い回しは、時々使わせていただいております(笑)。どうです、役に立つでしょう《役にたたねえー(-_-;)》。

 しかし、S・キングも小説作法の類を最近出したから、必ずしも超一流はこの手の本を書かないという方程式はあてはまらないようにも思う。それとも時代は変わったのか。

 ディーン・R・クーンツはその名も「ベストセラー小説の書き方」という本を出している。しかし、読んでみてもこれでベストセラー小説がかけるとは思えなかった。いや、そもそもこれを読んだからといって小説がかけるとすら思えなかった。が、これも読み物としては面白い。文体について語るとき、「マチルダおばさん」を引き合いに出した喩えは、説得力はないが、この人なにを思ってこんなことを書いたんだろう的な面白さはあった。それは、確かにあった。

 都筑道夫さんの本では、かなり残酷に言い切っている。面白い話がかけないと思う人は書けない――と。つまり小説を書くというか、面白い話を作るのは、九割がた才能で努力や練習でどうにかなるものではないというのである。いくらサッカーが好きで努力しても、ロナウジーニョになれないのと同じことだ。いささかみもふたもないが、いっそこのくらいはっきり言ってもらったほうが、さっぱりしていいかもしれない。しかし、どうだろ。ロナウジーニョにはなれそうもないが文章を書くことならできそうな気もする。都筑さんは面白い話がつくれないと思う人は――というような言い方をしていた。つまり自分はつくれると思えばいいわけである。するとこれは思い込みということだ。思い込みなら自己暗示という手もあるぞ。イメージトレーニングでもすればうまく行くかもしれない。

 いくつか読んでみてわかったことがある。皆言っていることが違うということだ。人の数だけ、小説の書き方があるということがわかった。これだけでも立派なものだと思う。それでいてとどのつまり、皆究極の一点にたどり着く。

 たくさん読んで、たくさん書く。

 結局はここにたどり着くのだ。これしかない。つまり小説の書き方というのは、そもそも教えようのないものらしい。言われみれば、そのとおりだという気もする。顔がちがうように個性がちがう。Aにとって最高の方法は、Bにとっての最悪の方法かもしれない。ある人はとにかく構成をしっかり立てろという。S・キングはそんなものはいらないという。本当にそう書いている。思いつくまま気の向くまま、筆を進めればいいというのである。これは必ずしも、小説作法の類ではないが、パソコンのよさは思いつたところから書けることだと書いていた人がいた。構成をしっかりと書いていた人は、確実にS・キングよりも売れていないから、S・キングのいっていることが正しい――と、ならないところがややこしいところだ。

 そうだS・キングはこんなことも書いていた。

『第一稿―10%=第二稿』

 つまり、初稿から10%削除したものが第二稿になると。そうなんですか? 誰か小説を書いている人がいたら教えてください(笑)。

 ぼくは本質的に作家は嘘つきだと思うから、書いていることをそのまま真に受けることはないと思っている。しかし、小説の書き方だって、小説の一形態《強引な持って行きかただね、どうも(^_^;)》だと思えば、純粋に読み物として楽しめばいいと思っている。

 小説は、言ってみれば究極の私的作業みたいなところがある。いってしまえばどれもこれも私小説だ。芸術表現といえども人間行為の一種なら、それぞれの癖があって当たり前だ。だからこそ面白いのだ。どれもこれも同じなら、ちっとも面白くない。芸術作品は、規格品でないから高い金を出してでも買おうという気になる。

金沢栄東を知っていますか

 金沢栄東という歌手を知っている人が何人いるだろう。

 岐阜県の生まれで全盲の歌手。ハーモニカの名手で、長いキャリアがある。

 ぼくがはじめて金沢栄東を見たのは、名古屋にあった『ユッカ』というライブハウスだった。カルチャーショックを受けました。びっくりした。さして大きくもない地下の店で、まさかこんな凄いミュージシャンの演奏を聞けるなどとは思ってもいなかった。世間の広さというものをつくづく感じた瞬間だった。

 その後、社会人になり、はじめて金沢栄東を見たライブハウスもなくなったが、それでも金沢栄東本人は歌い続けていることは知っていた。ただ見る機会は少なくなっていた。
 それからまた何年かたち、金沢栄東という名前は、ぼくの中で完全に過去のものになった。最近になって、なぜか思い立ち、インターネットで検索をかけてみた。

 嬉しかった。金沢栄東は名古屋に住んでまだ歌い続けているらしい。あの歌声とハーモニカをまた聴くことができるのである。

 金沢栄東はブルースを歌う。ハーモニカ――ブルースハープは涙ものです――の名手だった。ギターも味があった。声はやや高く、哀愁があった。

 消息について知ろうと思い立ち、インターネットで調べているときにわかったことだが、かつて音楽業界が金沢栄東をスティービー・ワンダーのイメージで売り出そうとしたことがあったという。ラテン(必ずしもそうではないが)のフォセ・フェリシアーノのイメージがある長谷川きよし(きよしさんごめんなさい、フォセときよしさんはまるで別だとわかっているんです)に対抗して、こちっはスティービーだと安直に考えたのかもしれない(考えたのはプロなんだけどね……)。

 金沢栄東は視覚障害者だ。杖を手放させて、高い靴を履かせ、サングラスをかけさせる――金沢栄東はそれを突っぱねた。自分の生き方とはちがう。そう思ったのだという。

 どんな生き方を選ぶか、それはもちろん個人の権利だ。売り出そうとする業界に背を向けたのも、もちろん金沢栄東の選択でぼくたちがとやかく言うことではない。それに業界の意向に従ったからといって、必ずしもスティービー・ワンダーになれたとは限らない。勝目梓という作家さんが最近出した自伝の中で、いくら売れるためとはいえ、心向き出ないものは書けないものだというようなことを書いていた。過去の出来事に「if」を持ち出すのはよくない事もわかっている。

 ……でも、その話し(金沢栄東=スティービー)を知ってからというもの、ぼくはどうしても《もし》を考えてしまう。実力は申し分ないのだ。もしかしたら、金沢栄東は日本のスティービー・ワンダーとして広く世間に認知され、そして、たった一人の金沢栄東になれたかもしれない。

 こんなことを考えるのは金沢栄東に対して失礼なことかもしれない。しかし、職業柄人に評価されるのは仕方がないと思ってください。ごめんなさい。

 話を続けます……

 ぼくは超弩級のマイナー人間のわりに、案外メジャー指向のところがある。ぼくが好きなものは、皆も好きになって欲しいと思う。この最大の被害者は同居人なのだが、それはともかく、やっぱりミュージシャンである以上、売れることを考えても別に罪ではないように思う。

 問題は売れるために妥協するかどうか……。

 ぼくはサラリーマンを長くやっている。すると妥協することにも慣れてしまう。自分の陣地を一ミリも譲らす生きていける人間はいない。誰だって何某かの妥協はしているはずだ。ほんの少しの妥協でより大きなものをつかめるのなら……

 やっぱりこの問題は難しい。結局、選んだものが最良のものだったのだと考えるしかないのかもしれない。

 とにかく、金沢栄東が歌い続けてくれていたことが、ぼくにとって喜ばしいことだ。





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