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冒険少年――4



 結論から言うと、直樹は何もしなかった。いかにも何かをしているふりはしていた。たとえば知人に連絡する。警察に捜索願を出す。興信所に調査を依頼する。だが俊哉の見るところ、それら全てはポーズに過ぎなかった。なんとしてでも妻を探し出そうという熱意に、最初から欠けていた。情熱があっても、自らの意思で姿を消した人間を探し出すことは容易なことではない。冷えきった心でいったい何ができる。
 あいつは本気でおふくろを探してなんかいない。俊哉は冷徹に判断していた。そう断定する根拠があったわけではない。言ってみれば、それは感覚だ。しかし、俊哉は自分の感覚を信じていた。直樹という人間の本質的な部分をとらえる感覚――嫌なやつだが、自分の父親だ。父親らしいことは何ひとつしなかったが、それでも十六年一緒にいたのだ。なにを考えているのかだいたいわかる。いや、考えていることがわかるなんて思っちゃいけない。おふくろが消えたあの日の態度を忘れたのか? え? あの冷え切った態度――おやじの冷たさにたじろいだんじゃないのか。あそこまでの冷たさを予想していなかっただろう。うっかり手を触れれば、凍傷にでもなりそうなあの冷たさに適わないものを感じた。もう忘れたのか? もうひとりに自分が嘲笑う。いいさ、笑いたければ笑えよ。
 しかし、それでもとにかく俊哉は、たとえば姉の美帆などに比べれば、自分ははるかに父親を理解していると思っていた。なに、簡単なことだ。あいつが愛しているのは自分だけだ。そう思えばいい。そう思ってみれば、あの男を理解することができる。あの男、おれたちのおやじを。いいかげんに目を開いて物事をしっかり見ろよ、姉貴。俊哉は姉に対しても苦笑を浮かべる。
 とにかく、直樹は何もしなかった。
 あの朝、母親がいなくなっていた日の朝、俊哉の心を凍えさせた一言。
「朝食はどうする」
 俊哉は直樹が嫌いだ。だが妻が失踪しようが、母が家からいなくなろうが、朝食をとり、日常を続けようと言ってのけたあの父親は、確かに正しかったのかもしれない。なにがあろうが生きている限り明日は来る。
 一週間もすると、母のいない暮らしが当たり前のものになりつつあるのを、俊哉は感じていた。
 美帆はまだ引きずっているが、それでも最初のころ――といってもそれはまだ七日前のことなのだが――のように泣き喚くことはなくなっていた。
 おやじにとっては、おふくろがいようがいまいが同じことだ。俊哉は白けた気分で当然のことを当然のように思っていた。直樹にとって妻のいない暮らしは、変化でもなんでもないらしい。なんのことはない、直樹はずっと前からひとりでくらしていたのだ。要するに家庭内別居、いや家庭内離婚だ。両親がいつから寝室を別々にしたのか、俊哉はしらなかった。
 美帆が部屋に訪ねてきたとき、そのことを訊ねてみた。
「なあ、おやじとおふくろはいつから寝室を別々にしたんだ」
 そんな話をするために美帆がきたのでないことはわかっていた。おふくろのことで話をしたいんだろう。そりゃそうだ。この一週間、おふくろのことが話題になることはもちろんあった。しかし、いってみればそれは実務的な話ばかりで、感傷的な話しではまるでなかった。
「警察からなにか言ってきた?」
「何もない」
「興信所の調査は進んでいる?」
「いや、なにも進んでいない」
 そんなやり取りばかりだった。母親が消えた喪失感をどう埋めるかのか、そのあたりの話は誰もしなかった。ときには無意味なことも必要なのだ。架空の物語に胸を躍らせ涙を流したり、誰かの唄を聞いて感動したり、自分でもう歌うことで気持ちが高揚すること、そういったことはいってみれば無駄なことなのだ。涙を流したからといって、明日から収入がはねあがるわけじゃない。まして幸運が天から降ってくるわけでもない。矢上家のことでいえば、涙を流したからといって、日々の暮らしの基本的な部分――食事の支度や選択、掃除、そういったことが自然と処理されるわけではない。しかし、それでも感傷的な気分になり、涙を流したり、怒ったり、そして小さな喜びを見つけて笑うことは必要だった。心がそれを欲するのだ。
 矢上家は標準的な家庭に比べればはるかに経済的に恵まれていた。だが、家庭内は冷え切っている。ここには涙も、怒りも、笑いもない。あるのは絶対零度の空気だけだ。全てを凍らせてしまう、心も、涙も、怒りも、喜びも……。
 姉貴がなにを求めているのかもちろんわかってるさ。俊哉は弟のベッドに腰を降ろしている美帆を眺めつつ心の中で呟いていた。おふくろを探すことになんの熱意も示さないおやじ罵りたいんだろう。ようするにおれに愚痴をこぼしたいんだ。
 ――ちょっと話をしたいんだけど。
 そう言って部屋に入ってきた姉貴の顔を見たときからわかっていたさ。
 俊哉はこのまえラジオから流れてきた『愚痴』という曲を思い出していた。誰が歌っているのかしらない。新人の女性シンガーらしいが、その声はちょっと類のない声だった。柔らかいがどこに強さを秘めた声。その声と懐かしさを感じさせる曲はよくあっていた。中島みゆきに似てるのかな。俊哉はそんなことを思ったりもした。まだ見たことはないけど、でも、たぶん美人じゃないな。苦笑とともに考えていた。美人はあんなに人の心を抉るような歌は歌わないものだ。もし、美人だったらごめんなさいを言うことにしよう。
 とにかく、疲れている人は愚痴をこぼすというその歌は、懐かしいフォークソングの香を持っていた。十六歳の俊哉はもちろん、リアルタイムで懐かしいフォークソングを聴いたことない。母親が好きだったのだ。突然、姿をけしたおふくろが鼻歌で口ずさんでいたのは、《かぐや姫》《中島みゆき》《加藤登紀子》《浅川マキ》《中山ラビ》《佐渡山豊》《加川良》《高石友也》《笠木透》等々……CDも持っていた。そんなわけで俊哉は年齢のわりに、古い歌を知っていた。
 あの唄がおれに教えてくれたんだ。姉貴、あんたは疲れている。だから弟のおれに愚痴をこぼしたいんだ。でも、どうなのかな――それほど疲れているようには見えないけどな。ま、いいか。
「いつだったかしら……」
 いつから両親が寝室を別々にしたのか、美帆の記憶も曖昧らしい。
「どうしてそんなことを訊くのよ?」
「なんとなくな……」
 そう、なんとなくだ。特に理由はない。だから、姉貴がおれの質問に答えなくてもかまわない。でも、本当になんとなくだろうか。俊哉は自分を誤魔化しているような気がした。答えても答えなくてもいい質問なら、しなくてもよかった。姉貴に訊ねたということは、おふくろが消えたことが、おれにとってどうでもいいことではなかったということだ。まあ、それもいい。面倒だから考えるのはよそう。
「おやじはおふくろ愛していなかった」
 と、俊哉は言った。
「わかるわよ」
「おふくろが消えていかにも行方を探しているようなふりはしているが、文字通り格好だけだ。女房に逃げられた」
「そういう言い方やめてよ」
「そういう言い方って」
「じぶんの両親でしょう。女房だなんて……母さんって言いなさいよ」
 俊哉は苦笑を浮かべただけで言い返さなかった。言い返すほどのこともない。苦笑を消し、冷たい表情に戻って話を続けた。自分がどんな表情をしているのか、俊哉にはもちろんわからない。
「とにかく、おやじは女房に逃げられた男を演じている。そういった場合、亭主はどんな行動を取るのか、捜索願も、興信所への依頼も、おふくろの知り合いに連絡するのも、みんな決まり仕事だよ。女房に逃げられた男の行動パターンをおやじはなぞってる。ただそれだけなんだろう」
「どうして、そんなことをするの」
「まわりがうるさいからだろう」
「まわりって?」
「親戚さ。伯父さんや叔母さん、それに――志乃ちゃんの手前がある」
 志乃ちゃんというのは母の母、つまり俊哉の祖母だ。俊哉は昔から志乃ちゃんと呼んでいた。そう呼ぶことになんら違和感を感じなかった。
 母親は百七十センチ近くあったが、祖母の志乃は身長百五十センチそこそこの身長しかない。体全体が小作りでかわいらしいおばあちゃんだ。しかし、それが見せかけであることは、家族の誰もが知っている。筋金入りだ。鋼鉄か超合金でできているようなばあさんなのだ。
「わかるだろう。志乃ちゃんがおふくろを許すと思うか? 大騒動になる」
 美帆は小さく頷いた。
「そうね、志乃ちゃんなら自分で探すと言い出しかねないわね」
「志乃ちゃんは怒ってる。おふくろを見つけ出し、自分で何とかしようとするかもしれない。本気でそう言っているんだぜ。だったら先手をうって探してますってふりをしておかないとな」
 美帆は溜息をもらした。
 俊哉は母親がいなくなった日の夜、家にやってきた志乃ちゃんのことを思い出していた。取り乱したり、大声をだしたり、そんなことはしなかった。志乃ちゃんはどんなときでも物静かだ。しかし、怒っている。志乃ちゃんはおふくろを殺すかもしれないな。俊哉はふとそんなことを思った。そして、そう思うことは、それほど大きく的を外しているとは思えなかった。おやじもそう考えたんじゃないか。だから、探すふりだけはしている。待てよ、じゃあおやじはおふくろのことを諦めてるってわけじゃないのか。あの冷たい態度も、もしかしたらポーズなのか……。
「おやじは知っているような気がするな、おふくろがどこに行ったのか」
 ふともらしたが、さすがに俊哉も本気でそんなことを考えたわけではなかった。ようするに気分だ。感傷が言わせたのか。だったらおれもたいしたことはねえな。感傷でなければ、あるいは期待か。どっちにしても、おれが甘いってことだ。
 俊哉にとっては何気なく言った言葉だったが、美帆にはちょっとした衝撃を与えたようだった。
「どういうこと?」
「どうってこともないが、まあそんな気がしただけだ」
「ちゃんとこたえてよ」
「こたえてるさ。別に根拠のある話じゃないんだ。なんとなくそんな気がしただけさ。おやじの態度を見てると、そんな気がしただけだ……けど、ただの思いつきだよ。あやふやな話だ。気にすんな」
 美帆は俊哉を見つめた。
 俊哉としては苦笑を浮かべつつ、
「とにかく、おやじはおふくろを探す気はない。それだけは確かだな」
 と、言った。その点についてはまちがいがないと思っていた。
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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学


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