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冒険少年――3

 体温が下がるような直樹の声だった。
 いまこの家では非日常的な出来事がおきている。だってそうだろう。おふくろが消えたんだぞ。俊哉は怒鳴りたくなった。が、いまにも激発しそうな感情とは別に、胸に巨大な空洞ができたような、果てしない虚しさも感じている。感情移入のできないドラマを漫然と眺めているような奇妙な気持ちを噛み締めていた。だがその場の空気を吸っている自分も確かにいる。だからさ、白けてるくせに、おやじを怒鳴りつけたくなるのは……。
 美帆は呆気にとられている。ちらっと表情を見ただけだがわかった。
 それが正常な反応だろう。二十数年連れ添った妻が、ある朝、突然消えてしまった男の、これが態度か――そう思うことは正常だが、それではまだ矢上直樹という生物学上おれたちの父親らしいこの男のことを、理解していないということになる。
 おれは理解しているのか。自問してみる。そうだな、まだ甘かったかな。自嘲の笑みが思わずこぼれそうになる。
 いまの直樹の態度を眺めつつ、自分の認識がまだ甘かったらしいことを、俊哉は感じていた。それもけっこう強く感じている。おれはこのおやじを知った気でいた。本当は何も知らなかったのかもしれない。
「美帆」
 と、直樹はいつもと変わらない口調で言った。
 声をかけられた美帆は俊哉を見た。助けを求めているような目をしていた。俊哉は小さく首を振った。別に意味はない。なんとなく、そう、ただ何となく――。
「なに……」
 と、美帆はこたえた。
 俊哉には美帆の胸の内がわかるような気がした。姉貴は戸惑っている。おやじがあまりにいつもとかわらないものだから、おふくろが消えたという事実を、自分の中でどう処理していいのかわからなくなっている。それって、たぶんおれの気持ちでもあるな。俊哉は急におかしくなった。口元に微かな笑みが浮ぶのを抑えられなかった。おやじはおれの笑いを見ただろうか。もちろん、奴は見てるさ。もうひとりの自分がしらけた口調で言う。だよな――俊哉はこたえた。
「朝食をつくる気はあるか」
 と、直樹は言った。
「お母さんが消えたのに朝ごはんなんてどうかしてるんじゃないの」
 美帆は抗議したが、その声は頼りなかった。
 俊哉にはわかっていた。姉貴のおやじにたいする精一杯の抵抗だ。おれはどうだろう。考えてみて、俊哉は直樹に適わないものを感じた。おれもおやじの冷たさに腰が引けてる。しかし、適わないと思ったからといって、別に自尊心が傷つくようなことはなかった。
「それはそれ、これはこれだ。お母さんを探すにしても、とりあえず仕事に行くにしても、朝食はとらないとな――体を壊しては仕方がない」
「一回くらい朝ごはんを抜いたところで、体なんか壊れないわよ」
「日常を続けることが大事なんじゃないか」
 直樹の口調も眼差しも、そして態度も、決して崩れることはなかった。
 おふくろがどうしていなくなったのかわからないが、いなくなっても不思議じゃないな。俊哉は思った。きっとふたりは夫婦じゃなかったんだ。いつからそうなったのかは知らない。寝室を別にしたときからなのか、それともおれが生まれたときからなのか、そんなことはしらないが、二人が夫婦でなくなって長いということはわかる。
「お母さんは確かにいなくなった。しかし、ここで焦ってみたところで、状況が変わると思うか」
 なるほどたしかにそうだな。俊哉は直樹の言葉に頷いている自分を感じ、また笑いたくなった。今度は笑いを抑えることができた。おやじの言うとおりだ。おふくろが消えても、日常は続いていく。朝おきれば顔を洗う。飯を食う。仕事に出かける。昼飯を食って、家に戻り、夕食を食べ、そして眠る。結局、そんなふうにして日々は続いていくのだ。そう、誰かが消えてもそれは変わらない。だとすると、おやじのこの冷たさは、そういったことを悟った者の落ち着きだろうか。いや、そうは思えない。この冷たさの背景には、何か別のものがある。きっと、何か別のものが。
「母さんの部屋を見ただろう。きちんと片付けられていた」
 直樹は続けた。
「母さんは出て行くつもりだったんだ。家族の誰にも知らせずに。それだけの準備をしていたということじゃないかな。確信犯だよ。だとすると、今ここで焦って母さんを探してみたところで、見つからないだろう。焦って取り乱しても仕方がないのではないか」
 何だおやじはおふくろの部屋を見ていたのか。俊哉は少し安心したような気持ちになった。そして、そんな自分に少しだけ腹を立てた。こんな奴に感心するなんて、どうかしてる。
 俊哉は無表情な父親の顔を眺めながら、それでもある種の強さを感じていた。あるいは、自分が想像している以上の冷たさだ。もぬけの殻の妻の部屋を見て、こんなに冷静でいられる。やっぱり強さじゃない。ただ冷酷なだけだ。
 ひとつだけ認めなければならないことがある。朝飯は食べなければならないということだ。
「お前たちももう大人だ」
 直樹は言った。
「これからどうするか自分で決めるといい。美帆が会社を休んでお母さんを探すというのならそれもいいだろう。俊哉が学校を休むというのならそれもいい。私は仕事に行く。今日は大事な会議がある。お母さんを探すのは、まず自分の責任を果たしてからだ」
 消えた妻を捜すことも責任じゃないのか。俊哉はそう言い返したかったが、やめた。言ったところで、この状況が変わるわけではないと思ったからだ。
「お前たちがしないのなら、私が朝食の準備をする。どうする、食べるか?」
 俊哉と美帆は顔を見合わせた。
 その後、結局、三人は朝食のテーブルに着いた。準備をしたのは美帆だ。トーストとコーヒーだけの簡単なものだった。
 それから、それぞれの職場や学校に出かけていった。
 消えた母親のことをどうするか、その朝の時点では、まだ何も決まっていなかった。
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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学


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