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冒険少年――2

 寝室の前で美帆は躊躇った。ドアを開けることが怖かったのだという。このドアを開けて、もし母親がいなければ、それは本当にいないということになる。
 母親がいないことはわかっていた。父がそう言った。あの父は冗談など言わない。母がいないと言うのなら、本当にいないのだ。
 美帆は、それでもまずノックをした。呼びかけたが、返事はなかった。そっとドアを開けた。胃のあたりが冷たくなった。寝室は綺麗に片付けられていた。
「ずっと前から使われていない部屋みたいだったわ」
 俊哉は誰もいない母の部屋を想像しようとした。それがうまくできなかったとき、自分がもう何年も母の部屋を覗いたことがなかったのだということを、まったくふいに思い出した。すると何かをなくしたような気持ちが胸の片隅に生まれた。しかし、それはごく小さな感情で、心全体を揺さぶるほどのものではなかった。
 美帆はリビングに戻った。直樹はまだ新聞を読んでいた。話しかけようと思い、できなかった。新聞を読んでいるだけの直樹だったが、冷たい拒絶がいたいほど感じられた。
「どこかに出かけただけじゃないのか」
 俊哉が落ち着いた口調で言ったのは、冷静だからというわけではなかった。いきなりおふくろが消えたと言われても、実感がわかないじゃないか。そうだろう。
「とにかくきてよ」
「行くってどこへ」
 おふくろが消えた。だからどうすればいいんだろう。探すのか? 無理だね。おれはおふくろが消えたことすら気づかず眠っていたのだ。俊哉はどこか自嘲的な気分になった。これからどんなふうに家族は変わっていくんだろう。様々な思いが生まれたが、そのどれにも現実感がともなわなかった。母親はいつもここにいるものだとと思っていた。いつだって、どんなときだって、まるで家具か何かのように、感情もなく、家族の世話をして……しかし、まあ落ち着けよ。俊哉は自分自身に話しかけた。おふくろが本当にいなくなったと決まったわけじゃない。俊哉はまだどこかで、何かの間違いではないかという気分を捨てられずにいた。おれは甘いのかな……。
「とにかく父さんと話をするのよ!」
「落ち着けよ」
「あんたも父さんも、どうかしてんじゃないの! 母さんがいなくなったのよ!」
「喚くなよ! おきたばかりなんだ!」
 思わず怒鳴り返してから、はっとした。自分がひどいしくじりをしたよう気分に襲われた。俊哉は深呼吸をした。おふくろが消えたくらいで熱くなってんじゃねえよ。俊哉は自分に言い聞かせた。
「あんたも、父さんもどうかしてるわ」
「おれとおやじはちがう」
 声は落ち着きを取り戻していたが、心の中で俊哉は吐き捨てるように言っていた。そうとも、あんな奴に似ていてたまるか。父親のことを思うとき、いつも胸に怒りの火が点る。
「とにかく、おやじに訊いてみよう」
 俊哉はさらに落ち着いたが、胸の中で何かが暴れまわっているようだった。そいつが今にも胸を突き破って外に飛び出していきそうなのだ。おれは少しも落ち着いていないかもな――だから、もう一度、深呼吸をした。
 美帆と一緒にリビングに行った。
 ほんとうだ新聞を読んでる。何事もなかったかのように新聞を読んでいる直樹を見たときだ――全てが歪んでいると感じたのは。風景も気分も、この家にあるありとあらゆるものが、つめたくねじれている。そういえば『ねじれた奴』というタイトルの小説があったな……あれは、ミッキー・スピレインだったろうか。俊哉は場違いなことを考えた。気持ちを落ち着かせるためによそごとを考えたのだろうか。自分のことなのによくわからなかった。
 俊哉と美帆は顔を見あわせた。ほらね。美帆は目で語った。
「おやじ、どういうことなんだ」
  俊哉は新聞から決して目を離そうとしない父親に話しかけた。活字の世界に逃げ込んでいるのか。いや、そうじゃない。親父はそんなに情のある男じゃない。自分の父親だ。よくわかってる。こいつの心臓は冷え切った鉄の塊だ。一度でも親父から優しい言葉をかけられたことがあったろうか。記憶にある限り、それはなかった。
「なんで黙ってるんだ」
 俊哉は直樹のそばに立っていた。
 直樹は新聞から目を放そうとしない。俊哉を見ようともしない。本当に新聞を読んでいるんだろうか。
 瞬間、俊哉の頭に血がのぼった。反射的に新聞をひったくっていた。
「答えろよ!」
 怒鳴りつけた。
 普通なら怒るはずだ。しかし、どうだろう。俊哉は父親から優しい言葉をかけられた記憶もなかったが、怒られたという記憶もなかった。
 はたして直樹は怒らなかった。静かに俊哉を見ただけだった。その顔には怒りも、怯えもなかった。深い海の底に沈んでいる難破船のような沈黙を抱え、奪われた新聞を取り戻そうともせず、ただ俊哉を見つめている。
 俊哉の怒りは対象を見失い、急速に萎んでいった。わからない人だと思っていた。自分の父親だが、なにを考えているのかさっぱりわからないところがある。その思いを、いまさらのように深めた。長年連れ添った妻がいなくなったというのに、この氷のような冷たさはどうだろう。理解をこえていた。
 俊哉と美帆は、また顔を見合わせた。美帆は不安ではちきれそうな顔になっていた。
「朝食はどうする」
 父はぽつりと言った。
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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学


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