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Author:ジタン
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冒険少年――9

 しかし、その日、彼女は歌っていなかった。正直、少し残念だと思った。いや、かなり残念だったかな。歌っていないものは仕方がなかった。また来よう――そう思って視線を転じたとき、目に止まったのがふたりの少女だった。少女といっても俊哉とそう変わらない年齢だろう。そのうちの一人を覚えていた。この場所ではじめて彼女の歌を聞いたとき、聴衆の中にいたひとりだった。友達を連れて、彼女の歌を聴きにやってきたのか。そう思ったとき、俊哉はすでに近づこうとしていた。
「ねえ、ちょっといいかな」
 突然声をかけたのだが、相手は特に驚く様子もなく、
「なに」
 と、こたえた。見知らぬ男に声をかけられることになれているのだろう。
「この前、ここでライブがあった時きてたよね」
「うん――」
「ぼくもきてたんだ。彼女、今日は歌っていの」
「あたしたちもブルースの歌を聴きたくきたんだけど、今日は歌ってないみたい。残念――」
「ブルースっていうの、彼女――」
「あたしたちが勝手につけたんだけどね」
 俊哉は思わず笑ってしまった。
「もちろん、本名じゃないよ」
「そりゃわかるよ。ブルースを歌うから?」
「うん――あれブルースでしょう」
「だと思う」
 この前の三曲を聴いた限りでは、伝統的なブルースではなかったように思った。おふくろはブルースのCDも持っていたな。ロバート・ジョンソン、ジョン・リー・フッカー、BB・キング。ハウリング・ウルフ、マディ・ウォーターズ……こう考えてみると、おふくろは少しも普通のおばさんじゃなかったのかもしれない。思い出すとおふくろは時々ブルースも鼻歌で歌っていたんじゃなかろうか。都はるみならいざ知らず、ブルースを鼻歌で口ずさむ主婦なんてそういるとは思えない。
(だからさ、おまえは結局、何も知らないんだよ)
 認めるよ。ああ、認めるとも。
(ブルースの右側しか見なかったのと同じだ)
 だからそれとこれとは問題が違うだろう。
 とにかくブルースだ――たしかに彼女は、ブルースの匂いを濃厚に持っていた。音楽的に言えばブルースそのものではないかもしれないが、ハートはブルースだ。憂歌団と同じだ。そうだおふくろは憂歌団もよく聴いていた。まったく、全然普通のおばさんじゃないじゃないか。
(いよいよあってみたくなったか)
 いま、おふくろは関係ねえよ。
 奴に言い返した後――しかし、ブルースとはうまいじゃないか。俊哉は少し感心した。感心したのはもちろんおふくろのことじゃない。ブルースの魂を持ったストリートミュージシャンに《ブルース》という名前をつけた彼女たちに感心しているのだ。
「前から彼女を知ってるの」
 と、俊哉は訊いた。
「知ってるって、一ヶ月くらい前からだけどね。ここで歌いはじめたのも、そのころだったわよね」
 そう言って、友人に同意を求めた。
「うん、そんなころからだと思うよ。ほらマサヒロが、すごいストリートミュージシャンがいるって言って聴きにきたんだから。マサヒロが一番最初に見たって言ってたから、あたしたちが来たのが二回目だったはずよ」
「そうね」
 では彼女がここで歌いはじめてまだ一ヶ月くらいなのだ。
「彼女ってこの辺の人なの」
「じゃないと思うわよ、ねえ」
「うん、そう思う」
 二人と話してみて、俊哉はブルースについていくかのことを知った。誰も彼女の名前を知らないということ、この町の人間ではないということ、歌っている場所はいつも同じだということ――しかし、まだブルースの右側しか知らなかった。
 俊哉は、三度目の路上ライブを見たとき、はじめてブルースの左側を見たのだった。
(感傷的になるなよ)
 奴が言った。声には嘲笑が含まれていた。
 別に感傷的になっているわけではなかった。ただ、衝撃的ではあったな、確かに――。
 ブルースの左側。
 最初にそれを見たとき、自分の見ているものが理解できなかった。
 左頬に線を描いているのか――まるで、見当外れのことを考えていた。それが傷だと気づくのに少し時間が必要だった。
 ブルースと呼ばれる彼女の左頬には、いくつかの筋のように見える傷がついていた。明らかに鋭利な刃物でつけられたと思われる傷が、最低でも四本ついていた。ひとつの傷は長く、左目の目じりの近くから顎にまで達していた。おそらく整形手術もしたのだろう。それでも完全に消すことができなかったのだ。ブルースがブルースを歌う、それが源であるような気がした。
(そういうところだよ、おまえが感傷的だというのは)
 なるほど、そうかもしれない。頬の傷と心の傷を重ねるのは、他人の心に土足で踏み込むことと同じだろうか。
(顔に傷があるから、心にまで傷があると思うのは傲慢だよ)
 いちいちもっともだった。たしかにそれは傲慢だな。
(おふくろさんのことだって同じさ。いや、おやじさんのことだって同じかもしれない。右側だけを見て安心して、左側を見て驚く。驚いて、相手が思ってもいないことを勝手に想像する)
 どういうことだ? おれがおやじとおふくろの何もわかってないと言うのか。そうだろうか。そんなことはないと思い、そうかもしれないと思う。そのときはまだ、志乃ちゃんからおふくろの意外な過去を聞かされていなかった。おふくろとおやじの意外な過去というべきだろうか。見たものだけが真実ではない。それはわかっている。いや、わかっているつもりでいるだけなのかもしれない。本当のところは何もわかっていない。
 俊哉は母親が消えたとわかったときの父親の態度を思い出していた。あの態度を額面通りに受け止めていいのだろうか。こんなふうに考えるのもあるいは志乃ちゃんから、おれが想像もしていなかったおふくろの一面を聞かされたからかもしれない。考えてみればおれが想像もしていなかったおふくろ――有体に言ってしまえば、かなり問題があったらしいおふくろが、次男坊とはいえ、一応地方名士の矢上家の息子のところに嫁いだのだ。お互いにその意志がなければできることではない。どうしてこんなことに気づかなかったのだろう。さらに言えば、おふくろの意志もさることながら、それよりも、おやじにそれなりの意志がなければできることではなかった。すると、おやじとおふくろの間には、愛情と呼べるような絆があったのだろうか。しかし、俊夫には両親の仲睦まじい姿の記憶がなかった。本当になかった。あるいは自分には想像もできない、深い部分であのふたりはつながっていたのだろうか。たしかにおれは何も見てないのかもしれない。
 ブルースの左頬に深い傷があると知った後も、俊夫は彼女の路上ライブに通った。ブルースは週に三回から四回、路上ライブを行っていた。回を追うごとに聴衆はわずかづつだが増えているように感じられた。歌う曲が渋いからだろう。聴衆の年齢層も比較的高かった。
 俊哉は間違いなくブルースのファンになっていた。

 志乃ちゃんのところで稽古をして、その帰りにブルースの歌を聴きに行った。
 その日、ブルースがライブをしていると決まっていたわけではなかった。
 でも、もしブルースがライブをしていたなら……俊哉はまだ少し迷っていたが、半ば決心していた。もし今日、ブルースがライブをしていたなら、後をつけてみるか。
 それは悪戯心だった。だが、悪戯と言い切ってしまうには、相当真剣だった。おれはストーカーか。心の中で微苦笑を浮かべる。やろうとしているのは、間違いなくストーカー行為だ。俊哉はそうまでしてでもブルースの招待を知りたかった。
 あの頬の傷が、ブルースにブルースを歌わせる動機ではないとしたら、ではいったいなにがブルースにブルースを歌わせるのか。正直なところ俊哉には音楽的なことはよくわからなかった。それでも、ブルースの歌う歌が、心に響く何かを持っていることだけはわかった。他の誰かのことは知らない。少なくとも俊哉の心に、ブルースの歌は響くのだ。だからブルースのことを知りたかった。本名は? 家族は? 住まいは? ブルースが路上ライブをはじめて一ヵ月半――二ヶ月も過ぎていない。もしかすると、どこかから引っ越してきたのか。俊哉の中でブルースに対する想像は再現もなく広がっていくのだった。
 たとえばブルースは桁違いの不良だったのかもしれない。どこかの商店街の中にあるちっぽけなスナック。母親と二人暮らし。住まいは店の二階だ。父親の顔は知らない。もしかすると、母親も顔を知らないのかもしれない。ブルースは私生児だ。母親は歌手崩れだろうう。歌はうまかったが、芽が出なかった。唄がうまいのは母親譲りだ。ブルースは中学、いや小学生のころからぐれはじめ、中学のころにはいっぱしの不良だった。高校にはどうにか入学したが、一日だけ行ってやめた。その後、町の不良たちと付き合い、ギャング団の一員になる。あの頬の傷はそのころ、グループ同士の抗争でつけられたものだった。ブルースはぐれていた。それは間違いない。だが、歌への情熱はいつもブルースの心にあった。母親の影響――そう、ブルースの母親はジャズを歌っていたのだ。子供の頃からジャズやブルースを聴いて育ったブルースにとって、音楽はもはや血肉だ。貧しい暮らしだったが、ブルースやジャズのレコードやCDは家にたくさんあった。ハーモニカやギターは子供のころから遊び道具だった。不良グループを抜けたのは、やはり頬の傷が原因だろう。顔を傷つけられてもブルースはめげなかったが、それまでの生き方を見つめなおすきっかけになった。ブルースは生まれ変わるために、生まれた町と母親を捨てた。そして、この町にやってきた。小さな地方都市。ここを再出発の場所に選んだ理由は何だったのだろう。それはわからない。あるいは故郷の町に似ていたのかもしれない。ブルースの心の中にある風景とこの町の風景が、どこかで重なったのかもしれない。とにかく、ブルースはこの町で歌いはじめた。ここからはじめてどこまでいけるのか、それはいまのところブルースにもわからない。しかし、ブルースは遠くまで行こうとしている。ずっと遠くまで、自分が生まれて育った町が、本当の思い出になるほど遠くまで行こうとしている――。
 すべて、俊哉の想像だ。
 まさかこんな物語が、実際のブルースの人生であるはずがないということは、わかっていた。だから、ブルースの本当の物語を知りたいのだ。
 その日、ブルースは歌っていた。
 俊哉はブルースの素性をどうしても知りたいと思った。具体的には尾行をするつもりでいた。自分でも呆れつつ、しかし、どうしてもブルースが何者か知りたかったのだ。
 それでもライブを聴くまでは、まだ多少迷っていた。いくら好きだといっても、おれがしようとしていることはストーカー行為だよな。自嘲とともに、奴の声を聞いていた。
(おまえ、そりゃ犯罪行為だろう)
 わかっているさ。だから迷ってるんだろう。
 そう、俊哉は迷っていた。その迷いも、ライブを聴くまでだった。
 ブルースはブルースを歌い、ハーモニカを奏でた。その日の出来は最高に近かった。いつものブルースがそうであるように、その日の路上ライブでも、孤独と絶望、悲しみを歌った。どんな悲しみを唄っても、ブルースの声は乾いている。それがよけいにブルースの抱えた、深い悲しみと孤独を感じさせる。ハーモニカは乾いた声とは対照的に泣いていた。時にすすり泣き、時に号泣し、怒り、咆哮する。あるいはブルースの本当の声は、ハーモニカではないかと思わせるほどだった。
 ライブが終わったとき、俊哉の心は完全に決まっていた。
(ストーカーになるのか)
 奴が笑った。
 知りたいんだよ、彼女が何者か。
 ライブが終わると、集まっていた人々はブルースの周りから離れていった。誰もブルースに話しかけないのは、彼女との間で会話が成立しにくいことを知っているからだ。ブルースは無口だった。そのことを誰も怒りはなしない。むしろ微笑ましく眺めている様子さえあった。そういう取っ付きの悪さも含めて、ブルースの唄とハーモニカを聴きに来る連中は、彼女のことを好きなのだろう。俊哉もそうだった。歌うことだけが自分と他者をつなぐ唯一のものだとブルースは思っている。きっとそうだ。そして、聴き手もそれを認めている。ある意味で、両者の間には幸せな関係が成立していた。
 俊哉も皆と一緒にその場を離れた。少し離れたところでブルースの様子を見ていた。
 ブルースはギターケースと小ぶりのバックを肩にかけ歩きはじめた。そのころになると、もう誰も彼女の周りにはいなかった。
 俊哉は少し離れて後をついていった。
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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学


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