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冒険少年――6



 なにがあろうとも日々は過ぎていく。
 半年も過ぎたころになると、母のいない暮らしが普通になっていた。ずっと前から母はいなかったような気になることさえあった。
 美帆はいつのまにか母親役をするようになっていた。家政婦にきてもらうかという話もあったのだが、なんとなくその話は進展せず、気がつくとそういうことになっていた。家事をこなしながら大学に通うことを、美帆は楽しんでいるようにさえ見えた。
 俊哉にとって、姉の変貌は意外であった。おふくろがいるころは、それこそ縦のものを横にもしなかったあの姉貴が、いまじゃ食事の準備から洗濯、掃除までやっている。ただやっているだけじゃない。嬉々としてやっているように見える。苦笑いするしかないだろう。だが、苦笑いしようがしまいが、美帆の奮闘のおかげで、日々の生活が壊れずに続いているのは事実だ。姉貴に感謝しなくちゃならないな。
 直樹の会社の経営状態は相変わらずだった。明日、潰れることはないにしても、経営状態が劇的に好転したということもなく、長期的に見れば危険な状態であるということに変わりがなかった。母が消えたころよりも、あるいは経営は悪化しているのかもしれない。
 そういったことは、しかし、俊哉にはわからないことだった。別にわからなくてもいいと思っていた。おやじの会社がつぶれるのならそれはそれでしかたがない。いくらおれが気をもんでみても、どうにかなるってものでもない。
 直樹は淡々と暮らしている。美帆とは多少言葉を交わすこともあったが、俊哉とはほとんど口を聞かなくなっていた。以前から、会話の少ない父と子だった。母がいなくなって、その状態にいっそう拍車がかかった。それだけのことだ。煩わしくなくていいじゃないか。
 母の消息についてはなにもわからなかった。おふくろはもう戻らないだろうな。そう思うことは、俊哉に悲しみをもたらさない。結局、おふくろもあのおやじと暮らすのがいやだったんだ。あいつはもうとっくにおふくろを諦めている。あいつというのは直樹のことだ。きっとおふくろが家にいたころから、諦めていたんだ。ふたりが夫婦であることは、とっくの昔に終わっていた。姉貴はどうだろう。美帆はまだ希望を捨てていないようだ。それはそれでいい。
 もしこの半年間で最大の変化があったとすれば、俊哉が学校を休学したことだ。二年生になったとき、本気で辞めようかと思った。このときももう一人の自分に、
「まあそう焦るなよ。やめるのはいつだってできる。しばらく様子を見て、それからでも悪くないだろう」
 そう言われて思いとどまった。確かにそうだ。辞めるのはいつでも辞められる。
 直樹に学校を休学したいと告げたとき、反対されるとは思わなかった。反対はされなかったが、直樹は言った。
「わかった。ただし、一年だ。一年以上休学するのなら、学校を辞めろ」
「わかった」
 俊哉は素直にこたえた。反抗する気はなかった。まあそれもいいか。そう思っただけだ。そのまま辞めるか、復学するか、一年後に決めればいい。この状態をいつまでも続けるつもりは、俊哉にもなかった。学校を辞めようと思ったのは言ってみれば思いつきだった。いても楽しくない場所にいるのはいやだった。退学を思いとどまったのはもうひとりの自分がやめろと言ったからだった。楽しくないことでも、続けなければならないこともある。なんとなく俊哉にも、そのあたりのことはわかっていた。それに学校を休んでも辞めても、学校へ行かなくなった自分がいったい何をはじめればいいのか、俊哉にもまだ見えていなかった。たしかなことは、母親の失踪と学校を休学したことは、何の関係もないということだ。
 とりあえず、俊哉は近所のコンビニでアルバイトをはじめた。

 その日、アルバイトは休みだった。
 俊哉は母方の祖母、志乃のところにきていた。
 母親の旧姓は路崎といった。実家は津市一身田町にあった。浄土真宗高田派の本山、専修寺の近くだ。
 路崎志乃は今年七十八歳になる。やがて八十歳になろうかというのに矍鑠としていた。
 母親は志乃の末娘だった。兄と姉がいる。
 一人っ子だった志乃の夫は養子で、市役所に勤務する真面目な人だった。
 真面目で、利口で、律儀で、元気で、可愛いおばあちゃん。それが志乃だった。俊哉は志乃のことが好きだった。妙なもので、自分の家族――特に父親――に対しては、よそよそしさしか感じていない俊哉だったが、志乃に対しては親近感を持っていた。
 俊哉にはずっと続けていることがあった。志乃は俊哉にとっていわば師匠だったのだ。
 志乃のもうひとつの顔。四百年の伝統を持つ、小太刀の流派を伝える数少ない一人なのだ。家の敷地内に、小さな道場がある。この時代には、おそらくはまるで役に立たないであろう小太刀だが、それでも習いたいという物好きは、少数ながらもいるのだ。俊哉もその物好きの一人だった。
 はじめるきっかけは、子供の頃、母に連れられて路崎家に行き、そこで祖母の稽古風景を見たことだった。小さな祖母が大きな男五人を、あっという間に倒してしまう姿を見て、大感動した。祖母が超能力者に見えた。
 俊哉は小太刀を習いたいといった。両親は反対しなかった。小太刀を習い始めると、たちまちのめりこんだ。厳しい稽古が楽しかった。才能はあったのだろう。めきめきと腕を上げた。祖母の血だと誰もが言った。
 母親が失踪しようが、父親を憎もうが、学校を休学しようが、俊哉がこの時代遅れの習い事を続けたのは、ようするに好きだったからだ。志乃が好きということと志乃の伝えている古武道が好きというのは、俊哉のなかでイコールだった。
「その後、どうだい」
 祖母は母のことを訊いているのだ。
 志乃ちゃんはくるたびに同じ質問をする。
「だめだね。手がかりすらつかめない」
 俊哉はこたえた。稽古のときは敬語を使う。終われば孫と祖母の関係だ。それも仲の良い祖母と孫だ。
「そうかい……」
 志乃ちゃんは表情を変えずに言った。
 あまり母のことは話したくないんだけどな。俊哉は曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。志乃ちゃんが母のことで心を痛めていることはよく知っていた。あまり悲しませたくなかったのだ。
「俊哉にもすまないことをしたと思っているよ」
「いきなりなんだよ――」
 志乃ちゃんはくるたびに母のことについて訊ねてくるが、謝られたのはこのときがはじめてだった。
「べつに志乃ちゃんが謝ることじゃないだろう」
「もっと早くお前にも謝りたかったんだよ。あれはわたしの娘だかね」
「娘といっても、もう四十七歳だぜ。志乃ちゃんの責任であるはずがないじゃないか。おふくろが家を出て行ったのは、おふくろ自身の問題だ」
 別に慰めるためにそんなことを言ったのではなかった。
 道場に重苦しい沈黙が訪れた。話題を変えようにも、俊哉はきっかけをなくしていた。沈黙の中に座り込むしかなかった。
 しかし、それも長くなると、どうにかしたくなってくる。
 ある考えがふと心に浮かんだが、それを言葉にすることに躊躇いを感じた。母のことだからだ。自分から母の話題を口にするのはあまり気が進まなかった。
 俊哉は祖母を見つめ、それを話題にするべきかどうか迷っていた。
「どうかしたのかい」
 祖母がそんな俊哉の様子に気づいて訊いてきた。
「うん――本当は志乃ちゃんの前でおふくろの話はしたくないんだけど、訊きたいことがあるんだ」
「何でもいいから言ってごらん」
「わかった――おふくろって、子供の頃はどんなだったの」
「子供の頃ねえ――」
 志乃ちゃんは少し考え、
「ひとことで言えば、不器用な子だったね」
 と、言った。
「不器用だったの」
「手先が不器用とか、そういうことじゃないんだよ。生き方がね、上の二人に比べると、あの子は本当にへたくそだった」
 感覚として、それは何となく納得することができた。確かにおふくろは妙に融通のきかないところがあったな。
「わかるよ、何となく」
「どんなことでも、真正面から受け止める。かわしたり、やり過ごしたりということができない性格なんだろうね。おかげで何度も学校に呼び出されたよ」
「学校に呼び出された? おふくろのことで?」
「そうだよ。納得できないことがあると、先生にでも反論するだから。校則のことでは随分もめたね。停学処分になったこともあるんだよ」
「高校時代?」
「そう、高校二年生のときさ」
「へえー、そうなの」
 これは意外だった。あの母親が、高校時代停学処分になっていたというのは驚きだった。今度のことも、案外その延長にあるのかもしれない。
「俊哉はあの子に似ているね」
「おれが? そうかな――」
 父親に似ているとはよく言われる。容貌も父親に似ているといわれる。おれはそれがいやなんだけどな。
「今度は私から訊いてもいいかい」
「いいよ」
「俊哉はお母さんのことを怒っていないのかい」
 別に怒ってはいなかった。しかし、どうだろう。おれは怒ってもいいのかもしれない。おふくろは家族を捨てて出て行ったのだ。
「そうだな、怒ってないな……普通なら怒っているのかな」
 俊哉は苦笑混じりに言った。
「そうだね、あの子は家族を捨てた。捨てられた家族は怒って当然だろう。まして、あんたはあの子の子供だ」
「でも、腹は立たない。本当だ」
「そうかい――」
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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学


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